「僕はたしかにこの目で、二人が小径を下りて行って、あとそのどちらも帰って来ないことを、見届けたのだがね」
「それはこう云うわけさ。モリアーティ教授が転落してもう姿が消えてしまった瞬間には、全く何と云う僥倖が恵まれたのであろうと思われたよ。しかし僕はまた、僕の命を狙いに狙っている者は、決してモリアーティ教授ばかりではないと云うことは知悉していた。少なくとも三人以上の者が、その主領の死によって、ますます復讐の瞋恚(しんい)に燃えて、僕を呪い狙っているのであった。この連中はいずれも、恐るべき人間共だからね。その中の誰かは、たしかに僕を仕止め得たかもしれなかった。しかしまた、一面から云えば、もう全社会が僕の死を信ずるようになれば、この連中とても自儘になって、その行動も現(あらわ)になって来る、――そうすると僕はいずれ早晩彼等を撃滅することが出来ることになる。こうしてから僕は自分が、たしかにまだ現世に踏み止まっていると云うことを世間に発表することにする。僕は実際、人間の頭と云うものも、実に敏感に働くものだと思うが、僕はこれだけのことを、モリアーティ教授が、転落してライヘンバッハ瀑布の水底に、達するまでの間に考えついてしまったのだ。